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〒606-8507
京都市左京区聖護院川原町53
京都大学 iPS細胞研究所
臨床応用研究部門
神経再生研究分野 |
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研究の流れ
- パーキンソン病について
- パーキンソン病ってどんな病気?
図1. ウィリアム・リチャード・ガワーズ氏によるパーキンソン病のイラスト(1886年)
パーキンソン病は1817年に初めて報告した英国のジェームズ・パーキンソン氏の名前からつけられた病気です。1980年代の映画『Back to the Future』で主演を務めたハリウッド俳優マイケル・J・フォックスさんがこの疾患にかかったことで、ご存知の方もいるかもしれません。
この病気は主に50歳以降に発症するもので、1000人に1〜1.5人ぐらいいると言われています。体の震えや筋肉のこわばり、動作が緩慢になるといった症状が知られています。
- どうしてパーキンソン病になってしまうのか?
脳の中の黒質と呼ばれる場所にたくさんあるドパミン(ドーパミンともいいます)をつくる神経細胞がかぎとなっています。ドパミンは、ドパミン神経細胞の中で作られて軸索の先端から細胞の外へと放出され、別の神経細胞に受け取られます。それにより、神経の信号が次の神経へと伝えられます。
しかし、パーキンソン病の患者さんでは、ドパミン神経細胞の中に異常なタンパク質の塊(レビ−小体)がみられるようになり、そのために細胞が死んでしまいます。こうしてドパミン神経細胞が減少していくことにより、脳内で産生されるドパミンが少なくなってしまいます。そして、ドパミン神経細胞が減り続けた結果、正常な場合の20-30%くらいまで減ってしまうと、症状が現れると言われています。
| | 図2.健康な状態のドパミン神経細胞 | 図3.パーキンソン病患者さんのドパミン神経細胞 |
- パーキンソン病の治療法
現在の治療法の中心的なものは、薬を飲むことで足りなくなったドパミンを補充する方法です。ドパミンそのものを飲んでも脳の中には届かないため、ドパミンをつくる材料となるレボドパ(L-ドパともいいます)を飲み、ドパミン神経細胞内でドパミンを作らせます。発症すると長期に渡って薬を飲むことになるのですが、L-ドパからドパミンを作るのはドパミン神経細胞なので、病気の進行とともにドパミン神経細胞が減り続けるとドパミンがうまく作られなくなり、だんだんと薬が効きにくくなります。次第に薬の効く時間は短くなり、過剰に飲むと手足や口が勝手に動いてしまう副作用(ジスキネジア)が出てきます。
もう1つの治療法は、外科手術により脳の中に電極を埋め込んで、電気的な刺激により神経回路の流れを調節して、体の動きを促すものです(脳深部刺激療法;DBS手術)。しかし、これも病気の進行を抑えるわけではなく、効果は次第に薄れてゆきます。
いずれの場合も、症状を一時的に緩和するような対症療法でしかなく、パーキンソン病の根本的な治療法は未だありません。
- これまでの細胞移植治療研究と課題について
- 細胞を移植することでパーキンソン病を治療できる可能性と課題
根本的な治療法がない現状に手を打つべく、ドパミン神経細胞そのものを移植しようという試みがなされるようになりました。1980年代末からスウェーデンやアメリカ、カナダなどで胎児の神経細胞を移植する臨床試験(患者さんの体での効果を試す研究)が行われました。妊娠中絶された胎児の脳内の、ドパミン神経細胞がたくさんある部位(中脳腹側)を取り出し、細胞をばらばらにし、直接患者さんの脳に移植するというものでした。約400例の臨床研究が行われ、中程度・軽度の患者さんには症状の改善が見られ、20年間効果が持続したという症例も報告されています。その一方で、勝手に体がうごいてしまうような副作用(ジスキネジア)が出たケースも報告されました。
また、この治療法には中絶胎児を用いることや、一度の移植に必要な細胞を集めるためには複数の中絶胎児が必要で十分な細胞を得ることが難しいといった問題もありました。
- iPS/ES細胞を使った細胞移植治療を目指した試み
胎児由来の細胞ではなく、もっと大量に集められる細胞としてES細胞やiPS細胞といった多能性幹細胞が注目されました。これらの細胞はほぼ無限に増殖する能力があるため、いくらでも増やすことができます。特にiPS細胞は患者さん自身の細胞から作ることが出来ます。iPS/ES細胞からドパミン神経細胞をつくり、患者さんに移植する治療を目指した研究が進められましたが、細胞移植治療を行うためにはいくつか解決すべき課題がありました。
図4. ES/iPS細胞を利用したパーキンソン病の細胞移植治療
- 動物因子を含まない神経誘導方法
iPS/ES細胞を培養する際には、フィーダー細胞と呼ばれるネズミ由来の細胞と一緒に培養する必要がありました。また、培養液中にはウシの血清を使っていました。こうした動物由来の成分は未知の感染症などの可能性を排除することが容易ではないので、移植用の細胞にこれらをそのまま使うことは出来ません。動物因子を含まない方法で細胞を培養する方法の開発が必要です。
- 過剰な増殖を抑制するための細胞選別
iPS/ES細胞は無限に増殖する能力があり、これらの細胞がそのまま体の中に入ると、増殖を続けて腫瘍(細胞の塊)を形成してしまう可能性があります。治療に必要なドパミン神経細胞だけを選びとる方法の開発が必要です。
- 移植細胞の生着と機能の維持
体の外で作ったものが上手く体の中にとどまって機能するかどうかはとても大切です。移植したドパミン神経細胞が拒絶されることなく脳内に生着し働き続けられるような移植方法や移植場所を検討することが必要です。
- 長期効果と安全性確認
治療法として確立するためには、移植した細胞が長期間にわたって機能するのか、あるいは安全性が確保できているかどうかの検証が必要です。
- 高橋淳研究室での研究の流れについて
パーキンソン病の細胞治療に向けて、これまでに様々な研究成果を発表してきました。上述のi〜ivの課題を解決し、臨床応用に使用する細胞の作製方法を確立しました。
- 動物因子を含まない神経誘導方法
以前はフィーダー細胞と呼ばれるマウスの細胞を用いて神経分化誘導を行っていましたが、BMPシグナルとActivin/Nodalシグナルを阻害する低分子化合物を利用することで、マウスフィーダー細胞を使わずに、ヒトiPS/ES細胞を効率よく神経細胞へと分化させることに成功しました(森実ら 2011)。
また、iPS/ES細胞は一般にマウスフィーダー細胞と一緒に培養されていましたが、この方法では実験操作が煩雑ですし、移植細胞にマウスの細胞が残ってしまう可能性があります。そこで、ラミニンという細胞同士をつなぐ小さなタンパク質の一部を用い、さらに新しい培養液の開発などを行って、フィーダー細胞がなくてもiPS/ES細胞を培養できる方法を開発しました(中川ら 2014;CiRA山中先生、大阪大学 関口先生との共同研究)。
- 安全な細胞移植を行う方法の開発
2007年に発表されたヒトiPS細胞の作製方法では、4つの遺伝子をレトロウイルスで細胞内に導入していました。この方法では導入した遺伝子が染色体に組み込まれますが、組み込まれる場所が選べないために運悪く他の遺伝子を壊してしまい、癌化する可能性もありました。そこで、染色体に組み込まれることのないエピソーマルプラスミドを使って遺伝子を導入することで遺伝子変化の少ないヒトiPS細胞を樹立する方法を開発しました(沖田ら 2011;CiRA山中先生との共同研究)。
神経分化誘導法を改良することにより神経分化の効率が向上し(@に記載:森実ら 2011)、iPS細胞の残存がみられなくなりました。さらに分化誘導早期の細胞の移植実験を行い、もし脳内で細胞が増殖する可能性があるとすればそれは初期の神経幹細胞であること、それらは放射線に感受性があることを明らかにしました(勝川ら 2016)。
治療に必要な中脳ドパミン神経細胞はからだの腹側にある底板と呼ばれる組織から発生し、この底板ではコリンというタンパク質を発現しています。このコリンを用いて細胞を選別する方法を開発し、初期神経幹細胞を除去して中脳ドパミン神経細胞を濃縮することに成功しました。これにより安全かつ有効、さらに均質な細胞の移植が可能になりました(土井ら 2014;カン研究所 尾野先生との共同研究)。
図5. ドパミン神経細胞の製造方法Doi D, et al., Stem Cell Reports 2 (3): 337–50. 2014
中脳ドパミン神経細胞をより効率よく選別するために、中脳マーカーと底板マーカーを発現している細胞の遺伝子発現を網羅的に解析することによって、中脳腹側に存在するドパミン神経細胞のマーカー(LRTM1)を新たに同定しました(佐俣ら 2016)。
- 移植細胞の生着をよくする方法の開発
細胞の生着や機能を高めるには移植先の脳(ホスト脳)の環境も重要です。既にパーキンソン病の治療薬として使用されているゾニサミドがマウスiPS細胞由来ドパミン神経細胞の生着を向上させることを明らかにしました(吉川ら 2013)。また、細胞生着のよい脳環境と悪い脳環境の遺伝子発現を網羅的に比較解析することによって、iPS細胞由来ドパミン神経細胞の生着を促進する新たな分子NXPH3を同定しました(西村ら 2015)。さらに、中脳黒質のドパミン神経細胞から投射を受けている神経細胞を解析することによって、インテグリンα5β1がシナプス形成に関わっている可能性があること、性ホルモンエストラジオールがインテグリンα5β1を活性化させ移植した細胞とホスト側の神経細胞とのシナプス形成を促進させることを明らかにしました(西村ら 2016)。このように薬物投与と組み合わせることによってホスト脳環境を至適化し、細胞移植の効果を高めることも研究しています。
図6. 自家・他家移植による免疫反応の違いMorizane A, et al., Stem Cell Reports 1 (4): 283–92. 2013
他人の細胞を移植する場合には(他家移植)、免疫反応を抑えることも重要です。免疫反応については、カニクイザルを用いて実験をしました。カニクイザルからiPS細胞を樹立し、実際の細胞移植と同じようにドパミン神経細胞を誘導しました。同じ細胞を用いて、自分に移植する自家移植と別の個体に移植する他家移植を行い、それぞれの免疫反応を直接比較したところ、自家移植では免疫抑制を行わなくても免疫反応は起こらず良好なドパミン神経細胞の生着が得られました。他家移植では、免疫抑制なしではやはり免疫反応は起こるものの細胞をすべて拒絶するほど強いものではないことが分かりました(森実ら 2013)。
また、CiRAでは免疫の型であるHLA型をホモ接合体として持つ健康な方からiPS細胞を作製し、予めストックしておくことで、少ない種類の細胞でも多くの方に拒絶反応が少なく移植することができるようにする、再生医療用iPS細胞ストックプロジェクトを進めています。サルの免疫の型であるMHC(ヒトではHLAに相当する)をホモ接合体として持つカニクイザルからiPS細胞を作製し、ドパミン神経細胞へと分化させました。同じMHCを持つサルと同じMHCを持たないサルにそれぞれ移植し、免疫反応の違いを検証しました。MHCが不適合の場合は免疫反応が引き起こされること、MHCを適合させたほうが免疫反応が抑えられることが明らかになりました。また、免疫抑制剤を投与することで、MHCが適合しない場合でも適合させた場合と同程度にまで免疫反応は抑制できることが分かりました(森実ら 2017)。
図7. MHC適合による免疫反応への影響を検討する研究の概略Morizane, A., et al., Nature Communications 8, 385, 2017
- 移植細胞の長期効果と安全性の確認
iPS細胞が発表される1年前の2005年、カニクイザルのES細胞から作製したドパミン神経細胞をパーキンソン病モデル(パーキンソン病の症状がみられる)カニクイザルの脳内に移植し、パーキンソン病症状が改善することを世界に先駆けて証明しました(高木ら 2005)。さらにヒトES細胞を用いて移植後1年間の経過観察を行い、やはりカニクイザルモデルの神経症状が改善することを明らかにしました。これらのサルでは腫瘍形成は認められませんでした(土井ら 2012)。また、ヒトiPS細胞由来ドパミン神経細胞でも、少なくとも6か月は良好な生着が得られることを確認しました(菊地ら 2011)。
iiで述べたように臨床用の細胞製造法が確立したので(土井ら 2014)、この製造法で作製したヒトiPS細胞由来ドパミン神経細胞の有効性と安全性を、パーキンソン病モデルのカニクイザルを用いて検証しました。移植細胞数や移植方法など、実際の臨床試験のシミュレーションとして細胞移植実験を行ったところ、移植後の行動解析でパーキンソン病の症状が改善していることが明らかになりました。また、移植した細胞が脳内に生着して機能していることをMRIとPET画像を用いて調べる技術を確立し、少なくとも移植後2年間は脳内で腫瘍を形成しないことを確認しました(菊地ら 2017)。
図8. カニクイザルパーキンソン病モデルへの細胞移植Kikuchi, T., et al., Nature 548, 592–96. 2017
これらの結果から、ヒトiPS細胞から誘導したドパミン神経細胞は腫瘍形成をきたすことなく神経症状の改善をもたらすことが期待できると考えています。
<掲載論文に関する情報>
- Nakagawa M, Taniguchi Y, Senda S, Takizawa N, Ichisaka T, Asano K, Morizane A, Doi D, Takahashi J, Nishizawa M, Yoshida Y, Toyoda T, Osafune K, Sekiguchi K, Yamanaka S. 2014. “A Novel Efficient Feeder-Free Culture System for the Derivation of Human Induced Pluripotent Stem Cells.” Scientific Reports 4. doi:10.1038/srep.03594.
- Morizane A, Doi D, Kikuchi T, Nishimura K, Takahashi J. 2011. “Small-Molecule Inhibitors of Bone Morphogenic Protein and Activin/nodal Signals Promote Highly Efficient Neural Induction from Human Pluripotent Stem Cells.” Journal of Neuroscience Research 89 (2): 117–26. doi:10.1002/jnr.22547.
- Okita K, Matsumura Y , Sato Y, Okada A, Morizane A, Okamoto S, Hong Hyenjong, Nakagawa M, Tanabe K, Tezuka K, Shibata T, Kunisada T, Takahashi M, Takahashi J, Saji H, Yamanaka S. 2011. “A More Efficient Method to Generate Integration-Free Human iPS Cells.” Nature Methods 8 (5): 409–12. doi:10.1038/nmeth.1591.
- Katsukawa M, Nakajima Y, Fukumoto A, Doi D, Takahashi J. 2016. “Fail-safe therapy by gamma-ray irradiation against tumor formation by human induced pluripotent stem cell-derived neural progenitors.” Stem Cells and Development 25 (11): 815–25. doi:10.1089/scd.2015.0394.
- Doi D, Samata B, Katsukawa M, Kikuchi T, Morizane A, Ono Y, Sekiguchi K, Nakagawa M, Parmar M, Takahashi J. 2014. “Isolation of Human Induced Pluripotent Stem Cell-Derived Dopaminergic Progenitors by Cell Sorting for Successful Transplantation.” Stem Cell Reports 2 (3): 337–50. doi:10.1016/j.stemcr.2014.01.013.
- Samata B, Doi D, Nishimura K, Kikuchi T, Watanabe A, Sakamoto Y, Kakuta J, Ono Y, Takahashi J. 2016. “Purification of functional human ES and iPSC-derived midbrain dopaminergic progenitors using LRTM1.” Nature Communications 7: 13097. doi:10.1038/ncomms.13097.
- Yoshikawa T, Samata B, Ogura A, Miyamoto S, Takahashi J. 2013. “Systemic administration of valproic acid and zonisamide promotes differentiation of induced pluripotent stem cell–derived dopaminergic neurons.” Frontiers in Cellular Neuroscience 7: 11. doi:10.3389/fncel.2013.00011.
- Nishimura K, Murayama S, Takahashi J. 2015. “Identification of Neurexophilin 3 as a novel supportive factor for survival of induced pluripotent stem cell-derived dopaminergic progenitors.” Stem Cells Translational Medicine 4 (8): 932–44. doi:10.5966/sctm.2014-0197.
- Nishimura K, Doi D, Samata B, Murayama S, Tahara T, Onoe H, Takahashi J. 2016. “Estradiol facilitates functional integration of induced pluripotent stem cell-derived dopaminergic neurons into striatal neuronal circuits via activation of integrin α5β1.” Stem Cell Reports 6 (4): 511–24. doi:10.1016/j.stemcr.2016.02.008.
- Morizane A, Doi D, Kikuchi T, Okita K, Hotta A, Kawasaki T, Hayashi T, Onoe H, Shiina T, Yamanaka S, Takahashi J. 2013. “Direct Comparison of Autologous and Allogeneic Transplantation of iPSC-Derived Neural Cells in the Brain of a Nonhuman Primate.” Stem Cell Reports 1 (4): 283–92. doi:10.1016/j.stemcr.2013.08.007.
- Takagi Y, Takahashi J, Saiki H, Morizane A, Hayashi T, Kishi Y, Fukuda H, Okamoto Y, Koyanagi M, Ideguchi M, Hayashi H, Imazato T, Kawasaki H, Suemori H, Omachi S, Iida H, Itoh N, Nakatsuji N, Sasai Y, Hashimoto N. 2005. “Dopaminergic Neurons Generated from Monkey Embryonic Stem Cells Function in a Parkinson Primate Model.” Journal of Clinical Investigation 115 (1): 102–9. doi:10.1172/JCI200521137.
- Doi D, Morizane A, Kikuchi T, Onoe H, Hayashi T, Kawasaki T, Motono M, Sasai Y, Saiki H, Gomi M, Yoshikawa T, Hayashi H, Shinoyama M, Mohamed R, Suemori H, Miyamoto S, Takahashi J. 2012. “Prolonged Maturation Culture Favors a Reduction in the Tumorigenicity and the Dopaminergic Function of Human ESC-Derived Neural Cells in a Primate Model of Parkinson’s Disease.” Stem Cells 30 (5): 935–45. doi:10.1002/stem.1060.
- Kikuchi T, Morizane A, Doi D, Onoe H, Hayashi T, Kawasaki T, Saiki H, Miyamoto S, Takahashi J. 2011. “Survival of Human Induced Pluripotent Stem Cell–Derived Midbrain Dopaminergic Neurons in the Brain of a Primate Model of Parkinson’s Disease.” Journal of Parkinson’s Disease 1 (4): 395–412. doi:10.3233/JPD-2011-11070.
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